宗教的谷戸空間の景観構造分析

円覚寺の歴史的谷戸空間は、宗教的利用に応じて明確に異なる3つの景観構造を有している。
七堂伽藍の空間は、谷底部の中心軸が主要な構造となっている。この軸線に沿って、植栽・階段・門の３つの組み合わせからなるランドスケープ・ユニットが繰り返し導入され、宗教的空間への導入の期待感を高める効果を生み出している。
奥の空間は、僧の生活・修行の場であり、借景等の庭園的手法を導入し、狭い空間に広がりを作り出す景観構造となっている。
奥の空間は、さらに地形を生かした小空間に分岐しており、ここでも植栽・階段・門よりなるランドスケープ・ユニットが反復して導入されている。
一見隣り合わせに立地している塔頭は、崖や急斜面によって作られた高低差によりお互いの境界を明確にし、狭い谷戸の中で小空間ごとにプライベートな空間を作り上げている。
門前空間の白鷺池は、元々七堂伽藍の空間のエントランスだったが、現在は横須賀線によりランドスケープ・ユニットが分断されている。また、門前の塔頭跡地は、私的土地所有による土地の細分化が進行している。
最後に、円覚寺は、谷戸全体が宗教的空間として位置づけられている。限定された領域に、宗教的空間の特質としての奥へのいざないと、精神性を景観化するための上に示した５つの景観構成手法は密接に関係しあっている。そして、それらが人間の歩行と視線の展開を基本としたシークエンスを生み出していることがわかった。

建長寺は、小流域が宗教空間の領域となっている。

建長寺の歴史的な谷戸空間は、七堂伽藍の空間、奥の空間、門前空間の３つのエリアに分けられる。

七堂伽藍のある空間は、谷戸の平坦な谷底部に位置しており、俗世である門前空間からの境界となっている。この空間は、さらに３つのエリアに分けることができる。

入り口である総門から三門は、他の景観要素が背景となり、存在感のある三門が視覚の中心となっている。周囲の植栽のボリュームを抑え、奥行きのある開放的な空間とすることで中心の三門を際立たせる景観構造となっている。
三門から仏殿は、ボリュームのある近景の緑で景が絞られ、左右対称な構成で軸を強化している。その先の仏殿と参拝対象である本尊へ導く期待感を高める効果を生み出している。
書院前の空間は、書院の背後にある勝上?の頂を常に視界の中心に見えるように据え、参道の周囲を舗装された広場空間とすることで谷戸の奥行きと谷底部の広さを強調する景観構造となっている。

このように、狭い谷戸の中で異なる３つの景観構造を用い、門で仕切られた分節ごとに異なる空間へと誘うことで、奥へと続く宗教的空間の期待感を高めている。

奥の空間は、時代と共に空間の持つ意味が最も変化した空間である。創建前から創建当初は、浄土・地獄の空間と考えられ、墓所としての塔頭が創建された。しかし、塔頭の居住としての性格と独立性が高まると、僧の生活の場となり、地形を活かした小空間を作り上げた。また、16世紀までは広大な池を持つ庭園空間を有していたが、時代の流れと共に宅地・教育施設などの施設が入り込み、現在は様々な土地利用が混在する空間となっている。
門前空間は旧街道が通るパブリック空間である。建長寺の中心部が衰退すると俗世との境界が薄れ、塔頭の開発が門前まで進出し、建長寺の宗教空間が染み出した。現在は宅地化が進み、派生するひだ内にある塔頭と民家や商業施設が混在している。
塔頭の小空間は、階段・左右の整列した近景の緑・門によるランドスケープ・ユニットが導入されている。さらに、パブリックな参道とそこから分岐する小空間は、地形の高低差によって境界を作り上げると共に、参道からの視界を限定することで俗世界との領域の違いを明確にし、狭い谷戸の中でプライベートな空間を作り上げている。

淨智寺は、小流域が宗教空間の領域となっていたが、周囲が宅地化され谷戸内に公道が通り、現在は規模が縮小している。

淨智寺の歴史的な谷戸空間は、七堂伽藍の空間、宅地化された奥の空間の２つのエリアに分けられる。

七堂伽藍の空間は、以下の２つの空間からなっている。
1. 主参道は、県道から旧仏殿跡にのびる中心軸が主要な構造となっている。この軸線上に、総門・三門・旧仏殿跡が一直線上に並んでいる。そして、門と階段によるランドスケープ・ユニットによって、宗教的空間への導入の期待感を高める効果を有している。
2. 書院と庫裏などの総門・三門以外の伽藍は、谷戸の中腹にある平場に、まとまって存在している。三門（中心軸）と書院の間に仏殿を配置することで、僧の生活空間である書院・庫裏を中心軸からずらし、アプローチ道である参道と住持が生活する境内域（有料）を緩やかに分離している。
3. 書院・庫裏のある平場は、周囲を急斜面に囲まれている。この地形の高低差と門と階段からなるランドスケープ・ユニットによって、俗世である県道沿いの空間や奥の空間に通じる公道と、寺域との境界を明確にしている。

元は塔頭の空間であった奥の空間は、現在戸建宅地化されている。どの家も道路面を生垣と木造の門で整備しており、境内域と調和した良好な住宅街となっている。
淨智寺は、最盛期に比べて寺の伽藍規模が縮小した。しかし、禅宗寺院の特徴である中心軸と、門と階段からなるランドスケープ・ユニットを維持することで、宗教空間の境域と宗教性を保っている。以上のように、伽藍規模を変化させながらも、コアとなる中心軸を維持することで、時代と周辺環境の変化に合わせた宗教空間を創りあげていることがわかった。