2006年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究成果報告書

ヒトとインフルエンザウイルスの共通メカニズムの探索
政策・メディア研究科 バイオインフォマティクスプログラム
修士課程 1年 谷口ひかる

研究課題

私たちヒトを含む真核生物の遺伝子はすべて、DNAからmRNAへの情報の移行(転写)と、それに続くmRNAをもとにしたタンパク質の合成(翻訳)によって高度に複雑化された生命を構成している。従って、この転写・翻訳というDNAからタンパク質への道程における制御機構を明らかにすることは生命を知る上で根幹を成す重大な課題であり、医療への大きな応用可能性が期待される。ここにその一翼である翻訳機構に新たな知見を与えることを目標に、ヒトとそれに感染するインフルエンザウイルスとの比較研究を行うことを目的とした。インフルエンザウイルスは非常に高い翻訳効率を示し、さらにヒトの翻訳機構を借用しているため同じ翻訳促進の機構がヒトにも存在すると考えられるからである。この比較により、ヒト翻訳促進因子の詳細について解明を目指す。

成果の要約

インフルエンザウイルスの翻訳促進は,GRSF-1というヒト細胞中に存在するタンパク質とインフルエンザmRNAの5′UTR上に存在するGRSF-1の認識配列によって行なわれていると報告されている[1,2].そこでヒトcDNAの統合データベースであるH-invitationalデータベースの31932のmRNAの5′UTRを情報解析した結果,GRSF-1認識配列はヒトmRNAの5'UTR上において5′端から数えて6-10bp下流という一定の距離の領域において同mRNAの他の領域より有意に高い頻度で観察された.インフルエンザウイルスのGRSF-1認識配列は5’端から10bp下流に観察されることが多く,この5′端からの距離は非常に類似している.この結果から宿主であるヒトにおいてもGRSF-1を介した翻訳制御が行われており,その機能メカニズムに5′端からの距離が重要であるということが示唆された.また,5′端から6-10bp下流にGRSF-1認識配列を持つ275種(内123種が機能既知)のmRNAをGRSF-1のターゲット候補とした.この候補mRNAには転写,翻訳,ヌクレオチド代謝,タンパク質分解,核酸分解,また免疫や細胞自死といった遺伝子をコードするものが多く含まれた.さらに実験検証としてルシフェラーゼ遺伝子を用いたレポータージーンアッセイでの実験検証を計画した.この実験の準備作業として,転写物の5′端にプロモーター配列由来の配列を含みにくいベクターをデザインした.これをGRSF-1の発現ベクターとHeLa細胞にコトランスフェクションすることにより,翻訳効率の変化を検証することが可能となった.

目次

  1. 序論
  2. 対象と方法
  3. 結果
  4. 議論と今後の展望

参考文献

[1]Park et.al. 1999. Regulation of eukaryotic protein synthesis: selective influenza virus mRNA translation is mediated by the cellular RNA-binding protein GRSF-1. Proc. Natl. Acad. Sci.
[2]Kash et.al. 2002. Selective translation of eukaryotic mRNAs: functional molecular analysis of GRSF-1, a positive regulator of influenza virus protein synthesis. J.Virol.

今年度の発表

"Computational Analysis of Human mRNAs Regulated by GRSF-1, a Positive Regulator of Influenza Virus"
Hikaru Taniguchi, Kosuke Fujishima, Yuka Watanabe, Yuko Osada, Masaru Tomita, Rintaro Saito, Akio Kanai
The 17th International Conference on Genome Informatics

・「インフルエンザウイルスの翻訳促進因子GRSF-1 に制御されるヒトmRNA の情報解析」
谷口ひかる,藤島皓介,渡邊由香,長田木綿子,冨田勝,斉藤輪太郎,金井昭夫
第14回 山形分子生物学セミナー