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背景と目的
システムの特徴
GPS
トータルステーション
デジタル写真測量
システムの構築
アンコール遺跡での利用
計測結果の出力
システムの評価
まとめ

      研究の背景

      都市環境、自然環境、文化環境の計画、分析、評価などの場において、地理空間情報を効率的かつ合理的に取得、蓄積、管理し、表現することは重要である。コンピュータの進歩と普及とともに、GISGeographic Information System:地理情報システム)やCADなどのツールを用いて、地理空間情報の管理をデジタルデータとして行おうとする試みが行われるようになってきた。

      しかし、これまでGISにおいてはアナログ地図(紙に印刷された地図)を前提として、それをデジタルに置き換えただけというケースが多かった。地図を紙に印刷するためには2次元平面のデータしか扱えないという限界がある。このことはデジタル化されても改善されておらず、GISでも2次元のみの地理データベースとして利用することが一般的であった。しかし、より複雑さを増す実世界を2次元だけで表現することには限界があり、3次元での地理空間情報を必要している分野は非常に多い。大都市ではビルなどの建物が乱立しており、電力、水道、ガスなどのインフラ網も立体的に入り組んでおり、これらの管理のためには3次元での情報管理が必要である。また、カーナビゲーションに代表されるナビゲーション分野でも、複雑な立体交差などを表現するためには3次元情報での案内が不可欠になってくる。都市の景観設計などにおいても3次元化することで、別の視点から見たり、ウォークスルーなどを行なって一般の人にも理解しやいリアルな景観シュミレーションを行えるなどのメリットがある。

      一方、近年の技術進歩により、コンピュータの計算能力の向上や記憶容量は大幅に増大してきた。このため、3次元情報を「表示」したり、「蓄積」するという面では、一般に利用可能なパソコンレベルでも実用に耐えうるものになってきている。しかし、このような技術進歩にもかかわらず、3次元の地理空間データを「取得」、「作成」するという面においては、技術的にも、コストや時間の面においても依然として困難を伴う作業になっている。このことは従来の測量技術が基本的に地図などの2次元平面のデータを取得することを目的としてきたことにも原因がある。現状の地理データの取得は、地上での基準点測量と上空からの航空写真によって行うことが一般的である。このため、建物の高さの情報を取得したりや立面図を作成することは難しい。もし、建物の3次元CGなどを作成する場合には、このように2次元の測量によって作成した平面図や立面図をもとに手作業でモデリングすることになる。この作業には高い技術力が要求され、コストや時間のかかる作業である。

      また、線画によって描かれる3次元の形状だけでなく現実のテクスチャなどの画像情報を含むフォトリアリスティック(Photo Realistic)なデータへの関心も高まっている。たとえば、対象物の材質などの風合い、色、ひび割れなどの情報を画像として同時に取得することで、よりリアルなシュミレーション等を可能にしようというものである。しかし、従来の測量方法ではこのようなシュミレーションに必要となるテクスチャ情報を取得することはできない。

      さらに、データの蓄積、管理や保存の観点から見ると、これらの3次元形状やテクスチャなどの情報はデジタルデータとして蓄積しておくことが合理的である。これまでは、データは一旦アナログデータとして取得し、それをCADやスキャナを利用してデジタル化することが一般的であった。このため、時間やコストもかかり、デジタル化による誤差や入力ミスなどによる精度の低下も問題となっている。このため、データの取得や蓄積、管理、表示まで一括してデジタルで行えるようなシステムが求められている。

      ここまで述べてきた、地理空間情報の3次元データの取得、デジタル化、Photo Realistic化などの流れは、都市計画やまちづくりの分野をはじめ、例えば大型遺跡の修復などの文化財分野にも共通している。文化財の保護や修復現場において、詳細な3次元の現況図面を作成することは重要である。たとえば、大規模な遺跡建造物の修復などを行う場合、現状を把握するためには測量をして平面図や立面図を作成する作業が必要となる。しかし、従来の考古学における測量では、平板測量や、糸などで一定間隔の直交するグリッドを作成し、それを基準に巻尺で計りながら手作業で製図をしていくような作業が行われてきた。これらの方法による測量は、現場における作業時間も膨大であり、精度も高くない。このため、効率的に高精度の3次元データを取得できるシステムが必要とされている。

      また近年、文化財、伝統文化資産、自然遺産などの有形・無形の文化遺産を高精細デジタル映像の形で記録し、これをマルチメディアデータベースで保管蓄積していくという「デジタルアーカイブ」への関心が高まっている。自然崩壊が進んでしまう文化財を後世に伝え、修復対象となった文化財の現状を記録していくためにもデジタル化したデータを作成することは重要である。従来の紙によるアナログの資料や写真では時間が経つと劣化し、情報が失われてしまうことになるが、資料をデジタル化し記録することにより半永久的に保存可能な情報資料にすることができる。デジタル化されたデータはアナログのデータよりも記録精度が高く、映像再現性にも優れており、より実物に近いリアルなデータとして利用できる。また、デジタルのデータベースを作成して行くことで、VRMLなどの技術によりネットワークを通じた閲覧も可能になり、より多くの人が文化遺産に触れることが可能になる。

      このような3次元データに対する要求の高まりがある一方で、ここ23年の間にレーザやセンサ技術、測量技術にも大きな進歩が見られる。例えば、高精度のGPSやノンプリズム型の測量機器、解像度の高いデジタルカメラなどの新しい計測システムが利用可能になってきている。これらを用いることで、従来は不可能であったデジタルでの3次元データの取得が可能になってきているのである。

      研究の目的

      これまで述べてきたように、Photo Realistic3次元の地理空間情報データを取得することは、コスト的にも技術的にもまだ難しい面が多いが、社会的なニーズはますます高くなっている。その一方で、ここ23年のGPSやデジタルカメラをはじめとする計測技術の進歩は著しく、3次元計測に利用できる目処が立ってきた。

      そこで、このような背景を踏まえ、本研究では現場にいながら3次元形状データを取得、蓄積できるシステムを開発することを目的とする。対象とするのは大型の遺跡などの文化財、都市部における建物などであり、10m前後の対象物を10cm精度で3次元計測できることを目標とする。そのときに同時にテクスチャ情報も取得し、Photo Realisticなデータも作成できるようにする。

      システムの開発は高精度のGPS、ノンプリズム型のトータルステーション、デジタルフォトグラメトリー(デジタル写真測量)などの新しい計測技術を統合することによって行う。開発したシステムはカンボジアのアンコール遺跡で実際に利用し、その精度や効率性などの面で評価を行う。