Method1.インターネット社会調査

 

1-1. インターネットを利用した社会調査の必要性

 サブカルチャーの特徴を、表現者(発信者)と受容者(受信者)とのメディア・コミュニケーションの観点から捉えるには、表現者側における「作品の多様化」と、受容者側における「趣味の細分化」の双方を押さえることが必須条件であり、社会調査が不可欠な手段となる。しかし、「作品の多様化」を把握するためには膨大な「作品」を調査項目として設定する必要があり、「趣味の細分化」を把握するためにはさらに膨大な人数の「ユーザ」から調査協力を得ることが必要となる。限りなく不可能に近いその調査の実施だが、インターネットを利用すれば必ずしも実現不可能ではない。

 まず既存の調査法での実現方法を想定してみよう。代表的なのは質問紙調査だが、この方法で上記目的を達成するには致命的欠陥が2点ある。1点目は「用紙」というメディア上の制約である。「作品の多様化」を捉えるためには、数千・数万の作品について調査が行われなくてはならない。しかし、調査票にそれらを網羅的に盛り込むことは事実上不可能である。そして2点目は「サンプリング」という事前手続きである。サブカルチャーの全体像を分析するからには、母集団は「一般的な文化受容者」ということになる。たとえば「マンガ愛好者」のみのデータでは、その一部を達成できたに過ぎない。また、地域や性別、年齢を踏まえて層化抽出 を行い、用紙を配送し、回答を得、集計することは、その労働的・時間的コストが非現実的である。「趣味の細分化」を検証するに足るサンプル数の獲得となれば尚のことであろう。
 他に参考となる方法の一つとして、マーケティング分野で実用されているPOS[point-of-sale]データの活用がある。厳密には社会調査とは異なるが、書店やスーパーでの購買履歴を利用することで客観データに基づいた実証分析が可能となる。しかしここでは「購買行動」に焦点が当てられることに問題がある。子供の頃に読んだマンガ作品のデータが得られないといった「歴史的視点の欠如」をもたらすためだ。殊に「服飾ブランド」や「海外旅行」といったジャンルは、アイテムがコンビニ商品のようによく"買われる"わけではない。このようなジャンルでは、購買履歴よりも"ブランド力"の重要な指標の一つである"認知度"を押さえることの方が、潜在的需要を測る上でも優れている。

 以上述べてきた質問紙調査やPOSデータの限界を補うデータ獲得方法とは、ネットワークリサーチの実施以外、現時点では考えにくい。開かれたインターネットと背後に備わる大容量データベースという環境を利用すれば、調査項目数および調査協力者数は無限に想定できる。加えて、インターフェース的にも優れる。Webブラウザを活用すれば、無数の調査項目を検索可能な状態としてセットし、クリック一つで回答できるシステムを実装できるからだ。回答された情報は即データベースに格納されるため、被調査者の回答コスト軽減だけでなく、調査者側の回収/集計作業も簡便化されよう。

 

1-2. 社会調査サイトの構築

 2000年10月に、自分史作成サイト「iMap」(右図)を立ち上げた。このサイトは慶應義塾大学熊坂賢次研究室において共同開発したものである。iMapの登録ユーザ数は16,000人に到達する勢いであり(2004年2月現在)、調査項目としての個別事象数は20万件近くにのぼる。サブカルチャー化(文化事象の多様化)はマンガやゲーム固有の問題ではない。したがってiMapには以下の35ジャンルを設けた。

邦楽/洋楽/文芸/マンガ/知識/芸術/邦画/洋画/飲食/グッズ/自動車/情報メディア/ 雑誌/野球/サッカー/格闘技/スポーツ他/男性タレント/女性タレント/海外男優/海外女優/TVドラマ/TVアニメ/TVバラエティ/都市・空間/政治・経済/社会・世相/ビデオアニメ/ゲーム/服飾ブランド/服飾スタイル/流行語/広告コピー/キャラクター/海外旅行

 iMapではサンプリングを行わないから、被調査者を「サンプル」とは呼ばない。自由意志によってサイトを訪れた調査協力者という意味で「ユーザ」という呼称を用いる。発信者と受信者とのメディア・コミュニケーションを捉える際の後者が、この「ユーザ」である。他方、前者すなわち発信者側の情報としては2点あり、「アイテム」と「トピック」と呼ばれる。ジャンル「マンガ」の場合、アイテムは「マンガ家」を指し、トピックは「マンガ作品」を指す。iMapのシステムでは、アイテムをクリックすると続いてトピックが表示される。これらのクリック情報が、ユーザ情報とともにデータベースに格納されるのである。これによって、どのユーザがどのアイテム/トピックをクリックしたかの履歴情報が蓄積される。
 クリック情報は「認知情報」である。「読んだ/買った/好きだ」といった経験情報ではない。詳細性に拘らず、単に「知っている」という情報のみを得た背景には、マイナーなアイテムにも一定の回答を集め、経験情報にはない文化的特性を明らかにする狙いがある。


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